大阪地方裁判所堺支部 平成8年(む)59号 決定 1996年10月08日
主文
原裁判を取り消す。
本件鑑定留置期間延長請求を却下する。
理由
一 本件準抗告の申立ての趣意は、要するに、事案の軽微性等被疑者側の事情を無視し、専ら鑑定人の都合だけを考慮して一か月の鑑定留置期間延長を認めた原裁判は不当であるから、これを取り消し、本件鑑定留置期間延長請求を却下する旨の決定を求めるというのである。
二 一件記録によれば、本件は、団地に住む被疑者が、階下の住人方の玄関ドアに掛けてあるドア飾りに痰唾を吐きかけ、別の日にも同じ玄関ドアの新聞投函口に入っていた新聞紙に痰唾を吐きかけ、それぞれ器物を使用不能にして損壊したという事案であるが、被疑者は、平成八年九月四日本件で逮捕され、翌五日から勾留された上、同月一二日に鑑定留置決定を受けて引き続き身柄を拘束されていること、鑑定留置期間は、当初三か月と定められていたが、同年一〇月四日になされた鑑定留置決定に対する準抗告の裁判においてこれを一か月に変更したことが認められる。以上の事実を踏まえて本件鑑定留置期間延長の必要性ないし相当性を検討すると、一件記録によれば、たしかに、当初三か月の鑑定留置期間が定められたという事情もあって、現在も鑑定は未了であり、鑑定人は、今後、既に済んでいる心理テストの結果が出るのを待って被疑者の診察を行うこと等を予定しており、その現状を前提にすれば本件の鑑定作業が終了するには、鑑定人の意見のとおり更に一か月程度の期間を要すると認めざるを得ないであろう。しかしながら、鑑定留置が被疑者について相当長期の継続的な身柄拘束を伴う処分である以上、その期間延長の当否を判断するに当たっては、右のような鑑定作業の進み具合や所要時間を考慮しつつも、被疑者の身柄拘束期間と当該事案の軽重との間の権衡等をも総合勘案し、当該事案について鑑定を遂げる上で、更に被疑者の身柄拘束を継続することが必要かつ相当かを検討しなければならない。これを本件についてみると、本件各犯行は、陰湿、執ような態様ではあるものの、玄関先でドア飾りや新聞紙に痰唾を吐きかけたという犯罪として構成要件に該当するとしてもかなり軽微といい得る事犯であり、また被疑者は、交通関係の罰金前科一犯を有するほかは前科も本件と同種の前歴もなく、しかも、勾留の段階から勾留理由として逃亡のおそれは認定されていないのであって、そのような事情に照らすと、身柄拘束手段としての鑑定留置期間は本来せいぜい一か月程度が相当である。そして、今後の鑑定に関して、被疑者自身、たとえ身柄を釈放されたとしても病院に赴いて既に予定されている鑑定人の診察を受ける旨の誓約書を作成し弁護人を通じて提出されていること等の事情が加わっており、これらを総合考慮すると、本件につき定められた一か月の鑑定留置期間を更に延長することは、事案や予想される処分内容に比して、被疑者に過度の負担を強いることとなり相当ではないというべきである。
三 よって、本件準抗告の申立ては理由があると認められるので、刑訴法四三二条、四二六条二項により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 河上元康 裁判官 遠藤邦彦 裁判官 小川賢司)